一般的に、『風景写真の分野の1つで,地上の夜間風景と夜空の星を融合させて“星のある風景写真”に昇華させた写真のジャンル』を「星景写真」と定義してよいと思います。
私はライフワークとしてきた石鎚山系の山岳写真作品を撮る舞台でこれを具現化したいと思っていますので、個人的には「山岳星景写真」という風に意識しています。
”山岳星景写真”の撮影経験を通じて感じたことや気がついたこと、現時点で考えていることを書いてみたいと思います。
山岳星景写真は無限遠の世界ではない!
夜空は無限遠の世界ですが、地上の風景には奥行きがあります。
一般的な山岳写真では、前景・中景・遠景を意識して構図を決めます。
つまり、写真そのものは2次元でも写っているものは3次元の世界なのです。
この分野では遙か先に行く先輩写真家に少しでも早く追いつくための情報収集として、数年前に何冊か星景写真関連のマニュアル本を読みました。
そこで違和感を覚えたのが、「ピントの合わせ方」です。
どの書籍にも、マニュアルで無限遠にある星にいかにして正確にピントを合わせるかのノウハウは説明していますが、星と融合させる地上の風景のピントのことには触れていません。
私は、星を遠景とすると、中景である山の稜線および前景として近くにある樹木などにピントがきて欲しいと考えます。
”山岳”星景写真という観点からは、特に山の稜線は明瞭に表現したいと思います。
そのためには被写界深度を考慮したピント合わせを意識しています。
といっても、最近のレンズは被写界深度目盛が付いていないものもありますし(むしろその方が多いかもしれませんが)、付いていたとしても形だけでほとんど役に立たないような目盛であることが多いのです。
したがって、被写界深度内に前景から遠景まで入るように過焦点距離を計算してピント合わせをするようにしています。
もっとも、計算で出した過焦点距離にどうやってピントを合わせるかという問題が生じます。
カメラ、あるいはレンズによったら、大体何メートル辺りにピントがきているか分かるのもあります。
上の写真の立ち枯れの樹までの距離は概ね5mほどです。正確には分かりません。
右の樹木は約3mです。
超広角レンズを使うことが多いのですが、焦点距離と絞り値によっては、無限遠にピントを合わせると右の樹木まで被写界深度に入らない可能性が大です。
また、プリントなら全紙、データのままの鑑賞なら4Kテレビに耐えられる作品創りをしていますので、余裕で被写界深度に入るようにできるだけ配慮して撮影しています。
したがって、前景が近い場合は安易に無限遠にピントを合わせるのは賢明ではないと考えています。
また、ピントの問題はクリアできても、前景から中景(山の稜線)までの全てが黒くつぶれていては二次元的に見えてしまいます。
上の写真は、もともと前景はありません。置くことができないのです。
この位置から見る山容はすばらしいのですが、前景がない上に中景の山並みが真っ黒につぶれているために実に平面的に見えてしまいます。
理科の教科書に載せる「星の日周運動」の写真としてはよいですが、星景写真の”作品”としては面白くありません。
(写真展などで、いろいろな星景写真の中にこういう作品が一枚あっても、それは逆にアクセントになるかもしれませんが。)
上の写真のような条件ではなかなか難しいのですが、それでも手前に雲や霞が漂うかも知れませんし、月の光を利用できるかもしれません。
何かしらの工夫の余地はあるでしょう。
概して、黒ツブレを防いで奥行きを出すことに可能な限り配慮するようにしています。
闇の中にもよく観察すれば「濃淡」がある場合が多いと思います。
新月の山中ですらそれを感じます。
それを撮影時に明るめに撮影することで少しでもデータを豊かにし、現像時に再現するように努めます。
暗い山の中に一人でいて何時間も同じ所から夜空を見ていると、自分には見えている足元の風景、少し遠くの樹木、さらに遠くの山肌を表現したい、ただの漆黒の闇にはしたくない、と思うのです。
上のサンプル画像は、石鎚山(中央の山)の山腹に漂う靄を表現することで前景と分離でき奥行きが出ました。
また、サンプル画像は小さいので分かりにくいですが、足下の様子もうっすらと分かるように現像しています。
これは比較のために前景から中景までをほとんど黒ツブレさせて現像したサンプルです。誰の目にも奥行きの違いは明白だろうと思います。
これまでの試行錯誤の結果、私が目指す山岳星景写真では可能な限り3次元の世界を表現したいと思います。
夜空にもアクセントが必要
私は星景写真において、空の部分に積極的に目立つ星・目立つ星座・天の川・月・雲などを取り入れるようにしています。
それは、特徴のない、星しか写っていないただの夜空だと面白みに欠けるからです。
この作例は、石鎚山に降り立つオリオン座と三日月(その右横にあるのは火星か金星、あるいは木星でしょうか?)を表現したものです。
小さい画像ではよく分からないでしょうが、月の光があってもかなりな数の星が写っています。
いわゆる「逆光」なので、山の黒ツブレはどうしようもありません。山腹を薄い霧でも漂ってくれれば良かったのですが。(何回か挑戦すればそういう機会にも出合えるかもしれません)
このように、特に点像として星を表現する場合にはアクセントになるワンポイントが欲しくなります。
そういう意味では、
『シリウス+オリオン座+アルデバラン+スバル』のカルテットは星空における不動のスター
だと思います。
私が読んだ星景写真の撮影マニュアル本に限ると、私が言う「ワンポイント」云々についてはほとんど触れられていません。
星座の撮影に関する情報はあっても、例えば、退屈に見える星空にアクセントとして目立つ星座をとりいれるような視点から言及している著者はほとんどいません。(数年前の話です)
ただ一人だけ、星を線として表現する撮影方法の中で、軌跡が途切れることもあるけれども雲を入れても面白いかも知れない、という趣旨のことを書いている人がいました。
画像が小さいために分かりにくいですが、星の数ももっと多いですし山腹の様子がうっすら分かる程度に撮影&現像しています。
全紙のプリントや4K出力を前提にして現像しています。
この程度の大きさ(ブログ記事使用前提)で細部を表現しようとすると破綻してしまいますので、ご容赦ください。
天の川に関しては、天の川そのものを主役にする以外に、点像として星を表現する場合にはアクセントとして配置することがあると書いている人がいましたが、同じ人が長時間露光(例えば、10~15分露光)では天の川が流れるので良くないと書いています。
私は長時間露光でも積極的に天の川を入れて撮影します。
もちろん、点像として表現した方が良さが出るので「点像の天の川」を撮影した後にですが。
上の作例では、山の部分は黒ツブレしています。やはり、霞あるいは山霧が漂って欲しいものです。
中央寄りの右部分の縦にうっすらと白くなっているのが天の川です。ワンポイントアクセントになっていると思います。
ちなみに、石鎚山(左の山)の部分は大きい画像では右の前景とかろうじて分離ができています。
いかがでしょう?
何かしらアクセントになるものがあった方が良いとは思いませんか。
月光を利用した山岳星景写真
星景写真というジャンルに属する写真をネットにアップしている写真家の中には、快晴の新月の夜がベストであるとか、ある月齢の時は月がこの時間頃に昇る(沈む)のでそれまで(その後)の数時間が撮影チャンスであるとか、満月の前後は撮影にならない、というようなことを書いています。
これだけの情報では初心者をミスリードし、撮影の可能性を制限してしまうことが懸念されます。
そういう基本的な情報も大切でしょうが、月が沈む前や昇った後は写真にはならないのでしょうか。
満月を含めその前後は本当に星景写真の撮影には不適なのでしょうか?
星の数をたくさん写し込むというのならそうでしょうが、そもそも『星景写真』というものはそのように単純なものなのでしょうか。
この作例は、月の光を積極的に利用することで笹原の様子と立ち枯れの樹木(白骨林)を表現できた成功例だと考えています。(しかし、飛行機の軌跡が見事に写り込んでしまったので、作品としては失敗例です。)
しかも左後方から月が昇ってきて笹原を照らし始めた頃に撮影していますので影がいい具合にでき奥行きが強調されています。
機会があるたびに、「影ができる方向」にも配慮してデータを収集したいと思っています。
私はこれまでの撮影経験から、晴天である限り月の光があっても臨機応変に撮影チャンスは見つけられると考えます。
長時間車を走らせ、重い荷物を背負って登山道を撮影ポイントまで登り、寒さに震えながらひとしきり撮影し、「月が出たから、さあ、撮影終了!」などというのは馬鹿げています。
私は、自分のお気に入りのフィールドで昼間のうちに三脚が立てられる場所で撮影ポイントになりそうな心当たりの場所を探しました。
新月の夜ならこのポイント、月の光を生かすならこのポイント、”光害”とも言われる街の灯りを積極的に生かすならこのポイント、という風に。
こうすることで、夜は落ち着いてその時の条件に合ったポイントで撮影に専念できます。
私が考えながら実践していることはこういうことです。
月の光だけで撮影した星空のない風景は、ただの”月光写真”になってしまいます。
そこで、月光を適度に利用して足元の風景や前景あるいは中景の山肌を月夜らしく表現し、さらにそこに星空があると面白い写真になるのではないかと考えた訳です。
もちろん、トレードオフで写り込む星の数は他の条件が同じなら月齢に応じて少なくなります。
その分、前景を工夫するとか、目立つ星座が構図の中にくるまで待つとか、そういう努力は必要です。
ある場所で、オリオン座が降りてくるまで、「まだまだ、もう少しもう少し」と思いながら、4時間待ったことがあります。
その間は、様々なパターンのテスト撮影をしてデータを取っていました。
この作品でも、不動のスターが勢揃いです。
月光のおかげで前景と中景が黒ツブレしていません。そして何よりも立ち枯れの樹の質感がよく分かります。
この経験を活かせば、同じ場所に30分前に着けばオリオン座を入れ、同時に月の光を利用した撮影ができるという訳です。(もちろん、日にちがずれればその分オリオン座を写せる時間帯は早くなったり遅くなったりします。)
私が積極的に月の光を星景写真に利用することを最初から頭に入れていたのはフィルム時代の経験があったからです。
中判カメラで山頂から月光写真をよく撮ったものです。
ただ、データとして利用できるところまでは突き詰められませんでした。
その後、今から20年近く前だったでしょうか、日本山岳写真コンテストで何度か上位入賞した私の作品を見たことがあるという人とネット上で知り合いました。
その方が「日本星景写真協会」のメンバーで、助言をいただいたり写真展を拝見する機会があったことが大きいと思います。
ついでながら、
その頃は、デジタルカメラの性能が星景写真に向いていないと判断してデジタル機材での撮影は諦めました。
今から思い起こすと、フィルム時代は月齢に応じたデータを取るだけでも大変でした。
フィルムには「相反則不規(そうはんそくふぎ)」なるものがありますから。(詳細は、ウィキペディアさんに尋ねましょう。)
一方、現在は、デジタルカメラには「相反則不規」は無いので単純な試し撮りでOKです。
15分の長時間露光のためのテスト撮りであっても、15分撮影する必要はありません。
例えば、1分の撮影で15分間露光の際の適切な絞りやISO感度を導き出すことができます。
露光だけではありません。
暗い中での撮影ですから構図に関しても納得のいくまでテスト撮りができます。
その場で簡単に何度でもテスト撮りができるということは、露出も構図も完璧にコントロールできるということです。
ノイズの点でも、高感度に極めて強い特別なカメラを使わなくても、昼間に風景写真に使っているカメラでなんとか容認できるレベルまできました。
詳細はこの記事では省きますが、折に触れて書いている「太陽に向かってシャッターを切る!」ために2014年12月に購入したカメラ(SONY α7R)とレンズが、いくつかの点でたまたま星景写真に向いていることが分かりました。
これでようやく私が目指している山岳星景写真が撮れるようになったという確信を得て、この時からデジタルカメラによる「山岳星景写真」を目指すことになりました。
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しかし、諸々のことがあり、中断を余儀なくされました。
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そして、今年(2022年4月)、新しいカメラと逆光に強いレンズを手に入れました。
もちろん、「太陽に向かってシャッターを切る!」ために、そして「月に向かってシャッターを切る!」ために購入しました。
仕切り直しです。
私にとっての究極の山岳星景写真
夜明けから夕暮れまでの山岳写真と星景写真を融合させたものが、これから私が追い求める『山岳星景写真』の理想型と考えています。
つまり、
太陽の代わりに月の光を利用して、昼間に見える感動的な山岳風景を薄暗い夜の世界で表現する、そしてそこに星や月が輝いている、
そのような山岳星景写真を撮ってみたいと思っています。
それは、月の光に照らされる、高山系の花や紅葉が主役の風景だったり、薄い山霧が浮かび上がらせる風景、形状の面白い雲のある風景、そして雲海の風景や霧氷あるいは雪景色の風景なのです。
これまでに得たこのようなインスピレーションを、近い将来には”作品”にしたいと思っています。
あとがき
この記事は、過去記事に書いたことを元に、自分に対する決意表明としてあらたに書き直しました。
2015年に集中して山岳星景写真のあり方を模索しデータを集めました。
しかし、2016年春にちょっとした手術を受け、その後遺症のようなもので半年の間山から遠ざかり、その後もいろいろとあり、中断というよりも撮影のための山行そのものを断念しました。
さらに、追い打ちとも言うべきことが起こり、日常の趣味的な野鳥の撮影すら1年以上遠ざかりました。
2020年の秋から野鳥の撮影を再開しましたが、山には行けてない状況が続いています。
そして、2021年秋頃から、少しずつ山に戻りたくなってきました。
今年、2022年は山歩きを再開しようと決め、新しい機材を購入した次第です。
6年間のロスはあまりにも大きいです。
その一方で、その間にカメラとレンズが大きく進歩しました。
そういう意味では2015年よりも条件はよくなったと言えます。
道具は揃いました。
後は、エネルギーがみなぎってくるのを待つだけです。
エネルギー(気力)が充実してくれば、自然と山に足が向くはずです。
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